UNIVERSAL AUDIO(以下、UA)の歴史、それは1958年にまで遡ります。レコーディングエンジニアとして、またスタジオの設計者として成功を収めていたビル・パットナムSr.は、フランク・シナトラ、ナット・キングコール、レイ・チャールズ他、当時のスターミュージシャン達のお気に入りのエンジニアとして活躍していました。今日もその音の良さに定評があるLAのオーシャンウェイスタジオも、彼が設計したスタジオのひとつです。

盟友であるブルース・スウィーディン(クインシー・ジョーンズ、ミック・ジャガー、ポール・マッカートニー、マイケル・ジャクソン)はこう語ります -「ビル・パットナムは、まさに"現代レコーディングの父"と呼べる人物だよ。今では当たり前になった録音用コンソールや各機材のレイアウトや種々の機能、キューセンド、エコーのリターン、 マルチトラックスイッチに至るまで、すべて彼の豊かな想像力の恩恵に与っているのさ」
そう、パットナムは様々な手法を編み出したイノベーターとしても有名です - 録音用コンソール、マルチバンド EQ、オーディオブースを考案し、さらには、人工的なリバーブを商用録音に適用した最初の録音技術者でもありました。また、親友でもあったレスポール氏と共に、ステレオ録音の初期の時代に活躍した功労者でもありました。

生粋の起業家でもある彼は理想の音を求め、UNIVERSAL AUDIO社、Studio Electronics社、そしてUREI社を設立し、伝説ともいえる数々の名機群、LA-2Aや1176、610チューブコンソールを世に送り出します。特に610チューブコンソールは、シナトラからビーチ・ボーイズ、さらにはヴァン・ヘイレンに至るまでメインコンソールとして使用され、オーディオ史において最も愛された機材のひとつとなりました。
パットナム氏は 1989年に他界しましたが、2000年には彼が音楽業界に残した偉大な業績に対してグラミー賞が贈られたのです。
UA社は、ビルの息子達、ジェームズ・パットナム、ビル・パットナムJr.によって、1999年に再建されました。
当時、彼らにはふたつの夢がありました - 父親譲りのアナログ録音機器を忠実に再現すること。次に、新たに開発されるデジタル録音機材には、ビンテージアナログ技術のサウンドとスピリットを織り込むこと。音楽業界に育てられたビル・パットナムJr.とジェームズ・パットナムは、自らの生涯を音楽業界に捧げる決心をしました。
1999年、UA社再建の切っ掛けとなった出来事は、予期せず起こった些細なものでした。ビルJr.によると、1989年、ビルSr.が他界した後、彼とジムは、父親の仕事場や倉庫を整理しなければなりませんでした - ビルSr.の古い試験装置、パーツ箱、コンソールの小物類、本体の半分が取り外された 1176 コンプレッサー等を片付けている時、ジムは偶然、父親が記した古い設計ノートを見つけたのです。それは、父親が解決してきた様々な技術的問題への解決方法が記された、まさに宝の地図だったのです。その日、彼らは父親のノートをむさぼるように読み、夜を明かしました。UNIVERSAL AUDIOが遺した旧製品群の再生を決意したのはその瞬間でした。
現在、UA社は米国カリフォルニア州シリコンバレー近く、スコッツバレーに本部を置いています。ここではクラシックなアナログ機器が1ユニットずつ手作業で製造されています。
もちろん、アナログユニットに関する部分だけでは、まだ物語は半分です。UA社は、世界有数のDSPエンジニア、デジタルモデリング技術者を多数抱え、数々の受賞歴を誇る UAD パワードプラグインプラットフォームを開発しています。これは本物のアナログエミュレーションを実現した業界有数のプラグインで、UAのDSPエンジニア達はUADプラグインにアナログ機器の温かさや豊かな倍音を加えるため、オリジナル機器のアナログハードウェアメーカーの設計者達(実機の回路図、実物ユニット、経験を積んだ耳)と日夜苦楽を共にしています。
ソフトウェア/ハードウェアを含むすべてのUA製品は、50年以上に渡るイノベーション、比類のない品質、最新技術への情熱に支えられているのです。
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