JAPAN VINTAGEの礎を築いた者たちの末裔が造る、TOKAIブランド。 |Ikebe MUSIC

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1947年にスタートした物語の種は、60年代の葛藤を経て70年代、MARTIN、GRETCH、AMPEGの輸入代理店業務を努めた事で
TOKAIに大きな豊穣をもたらしました。

輸入代理店の業務は製品を販売することだけに留まりません。
取扱説明書の制作や広告 宣伝、製品が何らかのトラブルを起こした際には適切な修理を行う必要も生じます。
そのために輸入元よりそれに必要な材料や図面、ノウハウの提供を受けることになります。

当時、筆者が目撃したのは、TOKAI内部のMARTINの修理のみを行う建屋で、高齢のベテランクラフトマンが黙々と修理を行っている光景です。 その建屋の中心の、電気コンロに置かれた器には、温められ、湯気を立てている濃茶色の液体が入っていました。

膠(ニカワ)です。

当時でもケミカル系の最新接着剤は存在していましたが、MARTIN社の指定により修理の際にはニカワを使用しなければならず、
そのニカワをうまく扱うための知識をMARTIN社より得ていたのです。
その他、MARTIN社でもそのノウハウを知るものは数人しかいない、というような事もクラフトマンは知っていました。
なぜなら、完璧な修理を行うためにはMARTINのクラフトマン同様の知識が必要 だからです。

このように海外の優れた製品を取り扱うことにより、修理の技術はもちろん、設計や材料等に関するさまざまなノウハウを
どんどん蓄積していったことは想像に難くありません。

こうした動きを背景に1975年よりCAT’S EYESブランドにて高純度なアコースティックギターの生産が始まりますが、Y社とM~が国内アコースティックのマーケットを席捲していた頃、ブルーグラスファンを筆頭に、その品質の高さが話題を呼び、大きなセールスを記録する事になりました。
エレクトリックにおいては60年代にHumming Birdというややビザールテイストのエレキギターは生産していましたが、G社、F社に劣らないエレキギターを造ろうという熱い想いは当初、それら海外ブランド製品の完全コピーへと向かいました。
驚くべきは、インチ規格のUSA製品のパーツをセンチで解析しての同寸パーツの製作 、ボディシェイプ、PUの周波数特性、磁気特性までも解析をして作り上げ、本家のヴィンテージに肉薄する完成度を成し遂げたこだわりでしょう。
折りしも、G社、F社共、その出荷される内容に60年代の記憶が残るユーザーからは、多くのチェックポイントで疑問符が出される頃でしたので、ミュージシャンやマニアからも絶賛され、現在においてもJAPAN VINTAGEとして多くのファンを魅了しています。
これらは70年代後半から80年代初頭の熱いストーリーです。

その素晴らしい技術力、情熱を持って「コピーではない真のオリジナル」、鋳造アルミボディのTALBO、マグネシウム1ピースボディのTALBO BASS、グラファイトのMATの生産へと飛翔を遂げるTOKAIでした。
最新のカタログの表紙には「非効率製造主義」の文字が記されています。 もちろん非効率を自慢しているわけではありません。
「効率」を犠牲にしても「クオリティ」を優先するという思いの表れであり、 最新の生産もその主義を貫くかのように、時間をかけ、丁寧に行われています。

その工程のいくつかを以下にご紹介させていただきます。

■CNCマシーンによる荒削りと手作業による入念な仕上げ~組み込み。

■ネックとボディの密着度を上げる為の、鋸(のこぎり)の回し引きという神経を使う作業。

■ノミによる最終調整。

■ネックとボディの接合確認。

■接着前、ネックを持って持ち上げてもボディが落ちない程の精度の製作。

接着にはニカワを用います。
鳴りは明らかに大きな振幅を伝えます!

■良質なローズウッドを使用した指板。

■指板を貼ってから、フレットを丁寧に打ちます。



■ハンドバフ掛けも丁寧な仕上げです。

70年近くに及ぶ物作りの歴史と製品にこめられた熱い思い、
そして確かな技術力にささえられ現代に蘇るTOKAIギター、
自信を持ってお勧めいたします!

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