こんにちは。Bass Collectionベースフィッタの岡崎です。
楽器に限らず製品のデザインやその佇まいは、実に数ミリ単位の誤差が結果的に大きな違いとなって表われ、全体のイメージを決定付けることになりますが、そのわずかな違いこそが嗜好を超えて誰もが認める名品とそれ以外との決定的な違いを生み出しているといえます。さらに楽器に限って言えば、聴、視、触の三つの感覚による総合的な判断になることから、“一流”と呼ばれる楽器にはそれらの全ての感覚を満たすだけのきわめて高いクオリティーが要求されます。
今月のコレクションは、生産性よりもあくまで楽器としての質を追求し続けた結果、手作業の割合が多くを占める昔ながらの製法に拘り、自身のプロベーシストとしての経験と感性をもってハイクオリティな楽器を造り続けてきたケン・スミスの全てを表しているといっても過言ではない、素晴らしい6弦ベースをご紹介致します。
今回、弊社の35周年を記念する特別モデルとして製作を依頼しました本機は、2004年に弊社の30周年モデルのオーダーの為、ペンシルバニアの工房を訪問した際にスミス氏との会話の中で登場した「トップ材に使える古いアッシュ材」が、遂に長きにわたるシーズニング期間を終えたとの情報を得て、約5年の歳月を経てこの度ついに現実のものとなりました。
ケン・スミスの30年以上もの歴史の重みを表現するにはまさに最適といえるヴィンテージ(BT)シェイプのネックスルーモデルを基本に、ボディ・トップ/バックのアッシュに対する組み合わせとして、音響特性を最優先に考慮した結果、タイガーメイプル材をコアに用い、ラッカー塗装で仕上げることで、しっかりと音の芯を感じさせるソリッドな音色ながらも適度な太さがあり、複雑な倍音成分で構成された上質の木材だけが持つ艶と深みのあるトーンに仕上げられました。さらに本機だけの特典として、スミスのアニバーサリーモデル以外には採用不可とされているアバロンのロゴとポジションマークを特別に採用して頂くことが出来ました。
常時数千本もの楽器が作れるだけの膨大な木材のコレクションを有するスミス氏が自身の楽器に用いる材は、木目の派手さよりも音響面で優れた“トーンウッド”と呼ばれる上質の材のみであることから、他社の上位機種と比較して派手さこそないものの、その音を聞けば何故この材が使われているのかはおそらく説明不要でしょう。
この楽器が存在しなければおそらくヴィンテージ楽器と同じ34インチスケールでは再現不可能と言われたであろう、アコースティックのピアノを思わせる重厚で透明感のある美しいローBの鳴りは、多くの演奏家がスミスの楽器を選ぶ際の理由のひとつとなっており、また一方で叙情的でありながらもギターには無い艶やかで力強いハイCの響きは、長いスケールを採用したベースの高音弦特有のものであり、クラシック楽器を思わせる音楽的な説得力をもったトーンを紡ぎ出します。
また、適度な厚みをもたせたスミス特有のネックグリップは、職人の手で丹念に成形されていくことで6弦の奏法においてまさしく絶妙といえる適度な厚みを残しつつ、どんな硬質の材を用いていようとも触れたその手に木の柔らかさや温もりを感じさせ、まるで長年弾き込んでようやく馴染んだ自身の楽器かのような安定感を誇ります。
名匠カール・トンプソン、ヴィニー・フォデラ、スタンリー・クラーク、アンソニー・ジャクソンなどといった現在エレクトリック.ベースの分野において最高峰に位置付けられる人物との楽器製作の経験から磨き上げたデザイン、自身の演奏家としての感覚、そして職人として培ってきた木材や楽器製作の豊富な知識、そして世界最高峰の楽器製作技術の全てが惜しみなく注がれ仕上げられた楽器には、彼の人生そのものを映しだしているかのようにそれらの全てを随所に感じることが出来ます。


Text by Kenji Okazaki, Bass Fitter / Bass Collection Shibuya