こんにちは。Bass Collectionベースフィッタの岡崎です。
フェンダー社の製品において最高品質を意味するカスタムショップ製品の中でも、最も自由度が高く個性豊かなマスタービルダーの楽器は、職人毎に微妙に異なる解釈や独自の手法によって素材の持ち味が活かされ、人の手によって組み上げられることで、あくまでフェンダーのサウンドでありながらも、職人ひとりひとりの性格までもが楽器の個性となってサウンドやスペックに表れます。それは’50~’60年代初期に製作された、現在ヴィンテージとして評価の高い同社の楽器を彷彿させるもので、素材の質の高さは勿論のこと、ネックグリップの感触や鳴り、サウンドに至るまで当時の楽器と同様、時にそれ以上の完成度をもって仕上げられています。
マスタービルダーの楽器はこれまでにも何度かご紹介して参りましたが、今回ご紹介する本機は、弊社の35周年を記念して製作を依頼した特別なモデルであり、最上級の素材に拘り、アニバーサリーモデルの製作に相応しい最高の職人の手で仕上げられた、まさに最上級のヴィンテージ・リイシュー・モデルとして完成されました。
指板には、ローズウッドの最高級材として珍重されるブラジリアン・ローズウッドを指定し、貴重なストックの中から選別された最高のコンディションの材を贅沢にスラブボードとして用い、びっしりと目の通った強固な柾目のメイプル・ネックと合わせられています。ボディのスワンプアッシュに関しても、一見するとまるで1ピース材かのような木目ながら(実際に1ピースの材をこの為にカットしたものと思われる)、振動を考慮しブリッジ下を避ける形でオフセットの2ピースにラミネートされており、立ち上がりに優れ、弾力のある良質のアルダー材をも彷彿させる豊かな鳴りを生み出しています。
また、1956年よりフェンダー社でピックアップ製作を手掛ける伝説の職人、アビゲイル・イバラ氏によってこのモデルのために特別に巻かれたピックアップは、フロント、リアそれぞれボリュームとトーンのポットを経由する2スタックノブの仕様を採用していることから、ミックス時のサウンドは後の3ノブ仕様に比べて自然な丸みがあり、パッシヴ楽器ならではの温かみをさらに強く感じさせるもので、特にフロント単発での使用時には、上質なジャズベースが必ずといって良いほどそうであるように、まさにプレべそのものを弾いているかのようなファットで枯れたトーンが得られます。また、本体のコントロールをフル10からリアのボリュームとトーンを僅かに絞った際の太く枯れた深みのあるサウンドは、まさにこの楽器だけが持つ絶品のトーンであり、いわゆる”アタリ”と呼ばれる良質のヴィンテージ楽器から経年変化だけを差し引けば、十分にその領域にまで達した逸品であるといえます。
製品の品質管理のためマスタービルダーの職を退いたケンドリック氏の作品は、惜しくもいよいよこの楽器が当店最後のオーダーとなってしまいました。特別な思いを込め人の手を介して造られた上質の楽器には、しばしば理屈では説明のつかない予期せぬ産物(トーン)が潜んでいることがあり、弾き手との相性次第では、造り手すら想像し得なかったような芸術的な音色を紡ぎ出すことがあります。この楽器もまたその可能性を大いに感じさせるものであることは間違いありません。

Text by Kenji Okazaki, Bass Fitter / Bass Collection Shibuya