その特徴的なフィニッシュ、そしてサウンドクオリティで今や知らぬものはいないと言えるほどの絶大な人気を誇るJames Tyler。
一際目を惹くビビッドで個性的なカラーリング、独創性を主張する ピックガードデザイン、ずらりと並んだヘッドロゴ・・・そうした外見だけでは推し量れない幅広い対応力を備えた高いサウンドクオリティにプロミュージシャンの期待に応えるプレイアビリティ。

80年代、まさに一時代を築いたとも言えるL.A.の音楽シーン最盛期において活躍し、今尚トッププロとしてシーンを牽引し続ける職人的ギタリスト達の傍らで信頼される仕事道具として愛されてきたそのギターを手掛けてきたのは、ブランドネームそのものであるJames Tyler氏。コンポーネントスタイルでのギター製作を行う以前からリペアやレストアで高い評価を得てきた氏のキャリアが生んだ銘器の数々、そしてその評価はインターネットなどの情報ツールがまだ存在しない頃から口コミにて広まりました。

氏がかつてノースハリウッドの地で開いた、看板もショーウインドウもないギターショップで生まれたキャッチコピー「Either you know or you don't」(知る人ぞ知る)。その言葉はマーケティングや広告に頼らず慎ましくギターのクオリティのみで勝負してきた氏のプレイヤーへの挑戦的な問いかけと言えるのではないでしょうか。
「Either you Know or you don't」この挑戦を受けるべく、James Tylerの魅力を紐解いていきたいと思います。



James Tyler氏のプロフィール。  

  ビートルズの「Can't Buy Me Love」が大ヒットした1964年、当時13歳であったJames Tyler氏はエレクトリックギターと出会い、中学・高校とティーンエイジャーらしくバンド活動を行う傍らプロミュージシャンのギターレッスンを受けながら多くの音楽を吸収し、特にE.Claptonのギターサウンドに大きな衝撃を受けました。それは今でも氏が覚えている中でも最も印象的なギターサウンドの一つに挙げられるそうです。

高校では好奇心から自分のギターを分解して研究したり、リフィニッシュしてみたりすることでギターの基本的な構造を独学で学び、バンド仲間からリペア依頼を受けることも多くありました。大学に進学後は建築学・デザイン・音楽・写真・進学と多岐に渡る分野を貪欲に学びましたが、その学費を手にするためにローカルのギターショップでリペアをするのみならず高級車専門のガレージでカーメカニックの仕事をしたりと多忙な日々を過ごしたのです。そして70年代後半にはサン・フェルナンド・バレーにある「Norman's Rare Guitars」にてリペアやレストアの手腕を買われ、その部門においての責任者となるのでした。

氏の技術力の高さが瞬く間に評判となり、ついにカリフォルニア州レセダに自身のリペアショップを持つに至りました。時代は1980年代、多岐に渡る音楽シーンに要求されるSTスタイルのギターにアクティブ回路やハムバッカーを含めたピックアップ・コンビネーション、ロック式トレモロの搭載といったホットロッド的改造が施された、いわゆる「スーパー・ストラト」と呼ばれる仕様が大流行し、L.A.のスタジオミュージシャン達の愛用によりコンポーネントスタイルのギターが全盛期を迎えました。


氏の元にも多くのプレイヤーから希望が寄せられ、現在も高名なギター・パーツサプライヤーからボディ・ネックを含めたのパーツの供給を受け独自のカスタムモデル製作を行うこととなるのです。

その後、拠点をノースハリウッドに移し、ハイエンド系ギターやアンプを専門に扱うブティック的なギターショップとしてオープンしました。そのショップには看板やショーウィンドウは無く、まさに知る人ぞ知るといった感じの隠れ家的なショップで、今日までJames Tylerブランドのキャッチコピーとなっているミステリアスな響きの「Either You know or you don't」はここから生まれたのです。そのショップの評判はミュージシャン達の間でまさに口コミだけで広まり、M.Landau、B.Feiten、D.Huff、A.Laboriel といったスタジオミュージシャンが入り浸るようになりました。彼らはそのショップに来ては自らの楽器に導入するべくプロトタイプや新しいアイデアを日常的に試していたのです。


氏のショップを訪れる多くのアーティスト達がライブパフォーマンスやTV出演などで自身が手掛けてきたギターを手に活躍する姿を目にすることが多くなり、James Tylerブランドのアイデンティティーとなるデザインを造るべきだと思い立ち、あの特徴的なヘッドストックデザインとロゴマークを採用することとなるのです。そのことによりアーティスト達の間だけで知られていたJames Tylerブランドが地元ロサンゼルスにおいて徐々に認知されるようになり、そして1987年、L.A.ギターショーにて初めて公にデビューを果たしました。その高いサウンドグレードはもとより滑らかで無駄のないネックシェイピングやフィット感の高くハイフレットまでアクセスが容易なボディコンター加工など、非常に高い演奏性で大好評を博したのです。またオリジナルデザインのヘッドやロゴ、ピックガードシェイプもJames Tylerブランドのアイコンとして人々にそのクオリティを印象付けることとなるのでした。
翌1988年、ショーで話題となったそのスタジオエリートが高い演奏性と幅広いサウンドメイクへの応用力、そして仕事道具としての信頼性を要求するL.A.のセッションミュージシャン達に評価され、数多くのオーダーを受けることとなりました。今もトップアーティストとして君臨するS.Lukatherもクライアントの一人だったのです。そしてそれと平行するように、M.Anthonyのツアー用モデルのウイスキーボトル&ペッパーソースボトルボディのベースを製作するなどユニークなプロジェクトも行っていました。


やがて現在の工房の所在地となるハリウッドに程近いカリフォルニア州バンナイズにショップを移し、ギター製作に更に没頭することとなります。

1991年にはM.Landouから受けたオーダーモデルの製作過程で半ば冗談から始まり完成した「サイケデリック・ボミット」フィニッシュが現在のJames Tylerブランドのもう一つのアイデンティティーとなる独創的なフィニッシュの先駆けとなり、シュメアーなど他ブランドでは見ることのない有機的なフィニッシュが生まれていったのです。その後も多くのモデルバリエーションやサーキットの開発・リリースを続け、2005年には氏の悲願であった自社製ピックアップブランドを立ち上げ、James Tyler Electric社を興すこととなりました。そして現在も総合的にギターサウンドを追求し、完成度を更に高める氏の思想が息づく逸品をリリースし続けています。
 




後記。  

一時代を築き上げ、今もなおシーンに影響を与えるL.A.の音楽シーンの間近で数々のトップギタリスト達の要求に応えてきたJames Tyler。広告やマーケティングに頼ることなく、あくまで口コミで広まったこのブランドへの評価は高いクオリティをもって認知されてきました。「Either you know or you don't know」この挑戦的なキャッチコピーは、以前はギタリストに対するJames Tylerブランドの存在についての謎かけとなる言葉でしたが、そのクオリティが広く知られた現在ではオーナーとなる方へのその奥深い魅力に対してのものとなっているのではないでしょうか。「知る人ぞ知る」という挑戦を受けるのはあなたかも知れません。

James Tyler ぜひそのクオリティに店頭で触れてみて下さい。






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