はじめに

シンバルメーカーとして世界一のブランドである「Zildjian(ジルジャン)」社のシンバル工場に、前回のファクトリーツアー(2012年9月)訪問以来、実に2年振りとなる最新突撃レポートをご紹介!
今回はキャストも一新☆DSリボレ秋葉原:山田とDS渋谷:近藤が、その歴史・コンセプト・品質・過程・独自の生産技術を学び最新の情報を皆様にお届け致します!!


成田国際空港から飛行機で約13時間。。。時差が13時間あり成田を出発したほぼ同日時にマサチューセッツ州はボストンに到着!(1日得した気分です(笑))

1日目・現地時間10月26日11:00

専用バスで市内へGO!

ボストン空港に到着!

ボストン空港到着後、間もなくガイドさんがお迎えに来ていただき専用バスにて市内観光!

年中灯っているガス灯

19世紀の雰囲気残る町並み

一等地のビーコンヒルにて記念撮影!

一等地のビーコンヒルと呼ばれる19世紀にイギリスから入植した人々が開拓した土地で、当時の町並みが広がるアメリカでも歴史のある場所。
通りにはガス灯が年中灯り、夜になると素晴らしい雰囲気になるとのこと。(ガイドさんによると200年以上点けっぱなしだとか)
日中でも十分映画の舞台のような素敵でお洒落な町並みでガイドブック等でも紹介されている「Acorn Street」と呼ばれる通りは、絵に描いたような石畳の通りでボストンを代表する名所で感激いたしました。(私有地につき歩くことはできません)
また、丁度ハロウィーンシーズンのため町中にユニークな装飾が施されどこかテーマパークにでも居るような雰囲気でした。

町中ハロウィーンモード2

町中ハロウィーンモード1

Acorn Street2

Acorn Street1


初ランチ!

名物のクラムチャウダー

そして同市内にある「クインシーマーケット」に移動し初のランチへ!
ボストンは「ロブスター」や「クラムチャウダー」が特に有名ですが、ムール貝やホタテ貝、サーモン、ヘリング(ニシン)といった海産物もよくメニューで見受けました。また、毎回コーンブレッドやパンが出されボリュームのあるものが殆ど。
初のランチは、クラムチャウダーをいただきました。(これでもハーフサイズです)

ハードロックカフェ3

ハードロックカフェ2

ハードロックカフェ1

食後は2007年7月にClarendon Stトリニティ教会近くの店舗からウオーターフロント地区に移転した、クインシーマーケットの横に位置した「ハードロックカフェ」。
外灯のカバーがZildjianシンバルでした!おそらくAcustomかと思われるブリリアントの16インチ程のモデルです。(同行の方々も皆さんドラム関係者なので気持ち悪い会話でした(笑))

ギターセンター4

ギターセンター3

ギターセンター2

ギターセンター1

ギターセンター7

ギターセンター6

ギターセンター5

ボストン・レッドソックスの本拠地FENWAY PARKの目の前に所在している「Guitar Center」を見学できたのも今回は大きな経験です!
これでも小規模な方らしいのですが。。。初日終了!

明日はいよいよZildjianファクトリーへ!!

2日目・現地時間10月27日9:45

アンディ副社長と山田&近藤

Zildjian社外観

Zildjian社入り口の看板

ボストンからハイウェイで約30分、ジルジャン社のオフィスと工場は、マサチューセッツ州「ノーウェル」に所在する緑に囲まれた場所。

Andy Schlosser氏(全世界セールス担当の副社長)に出迎えられ、いよいよ社内へ!

エントランスは中東風(トルコ風)、オフィスに抜ける通路の途中やシンバル選定室前等、いたるところに様々な有名ドラマーのイメージセットが展示されており、広く博物館や美術館のような印象。(エントランス奥にはオフィスがあります)

バディ・リッチのドラムセットに!!感激です!

デニス・チェンバースのドラムセット!

ジンジャー・ベーカーのドラムセット!

トラヴィス・バーカーのドラムセット前でパシャリ!


正面から入りエントランス左手から工場に続く通路があります、工場入り口までの通路右手にはジルジャン・アーティストのサイン入り写真がいっぱい!!
その写真の壁の向かいに応接室らしい部屋があり案内され(10:15頃)、昨今の売り上げの程度と傾向や諸外国との比較等、ディスカッション開始!

山田が大好きなドラマーのひとりである
キース・カーロック!

日本を代表するドラマー神保彰!

山田&近藤も大好きな
トラヴィス・バーカー!

レジェンド!
ジーン・クルーパーとアベディス3世


「市況としては、ここ三年間は厳しい期間が続いたが2014年は良い感触である。好調の要因としてZildjianシンバルの価値が上がった事、エレドラ用のシンバル(GEN16)、小口径キット向けのシンバルやエントリーシリーズの拡販があると考えている。また、エレドラ需要が多くなってきているが、アコースティックに戻ってきている傾向を感じる。」とアンディ氏。

特にアメリカでの実績がやや上昇して来ているとの事、明るい兆しがみられるようです!!

アメリカではシンバル工場が少なく、アメリカ工場でフルラインナップで展開しているのはジルジャンだけ。
クラフトマンと開発テクノロジーとでコストを抑えハイクオリティを保ち、ブランディングに力を入れているのだそうです。

ここ数年、カスタマーの声を元にアイディアを取り込んでいること、新製品の開発やミュージシャンとのミーティング、今回のようなディストリビューターやディーラーを招いた工場見学等、品質にこだわる工夫はもちろん、常に向上をし続ける様子は他メーカーと比べても、さすがは世界一と思わせる印象。

2日目・現地時間10月27日10:35

ポール氏とドラステ山田

社歴26年で20年以上シンバル製造に携わっており、ジルジャンでは重要な役目を担っている開発担当の「ポール・フランシス氏」。工場に入る前にジルジャン社の歴史や今回のツアーに際しての段取りを説明していただきました。

Zildjianの歴史は古く、起源は1600年代のオスマン・トルコ帝国時代まで遡ります。
アベディス1世は1618年に独自の合金製法を発明。1623年に皇帝より公式に製造を許可されたのが始まりとなります。
主に宗教上のセレモニーや軍隊の召集などに使われており、当時では考えられない程の薄さと強度のあるシンバルを作っていたそうです。
そのアベディス1世にオスマン・トルコ皇帝ムスタファが、シンバル職人の称号として「Zildjian」の名を与え、その長い歴史がスタートしました。
この頃はオーダーメイドだったため、現在のジルジャン社でもさすがにストックはないそうです。
もし400年前のシンバルが発見されたら、物凄い価値ですね。。。

ちなみに「Zildjian」とは、、、アルメニア語で"Zil"→シンバルの意味"dj"→職人の意味"ian"→息子という意味で、継承されたシンバル職人と言う意味になります。(ちなみに、元々はアベディス1世の父親もオスマン・トルコ帝国の錬金術師だったとか)
その後ジルジャン家では、秘伝の製造技術を直系の子孫に継承する事が掟として引き継がれてきました。

この方があのケロップ・ジルジャン氏!

アベディス・ジルジャン2世

時は流れ1800年台後期、、、
秘伝継承者となった「アベディス2世」と、弟の「ケロップ」。1865年にアベディス2世が亡くなり、その息子である長男「ハルーチェン」と弟の「アラム」が秘伝継承の対象となりますが二人とも幼少だったため、一時的にケロップが秘伝継承者となり、トルコ(コンスタンチノープル)でシンバル製造を始めました。
これが後の「Kジルジャン」となります。
(この頃の生産量は年間300ペア程だとか)

アベディス・ジルジャン3世

アラム・ジルジャン

1909年にケロップは亡くなり、正式な後継者はハルーチェンとなりますが、家業を放棄したため、弟であるアラムがその後継者となりました。
ケロップの工場はKジルジャンとしてトルコに残し、ケロップの孫であるミカエルが後を継ぎます。

1927年、子供が居なかったアラムは、兄ハルーチェンの長男である甥のアベディス3世にファミリービジネスを引き継ぐように要請しました。しかし、トルコを離れアメリカで商業を営み成功していたアベディス3世は難色を示しました。
結局、アメリカに工場を移すことを条件に継承を承諾しました。2年後アベディス3世は、アメリカはマサチューセッツ州クインシーに最初のジルジャン工場を設立します。

アベディス&アーマンド

1930年代アベディス3世は、パパ・ジョーンズやジーン・クルーパといった偉大なドラマー達とのディスカッションを重ね、「ペーパーシン・クラッシュ」「ライド」「スプラッシュ」「ハイ・ハット」といった、様々な種類のシンバルを製作していくようになっていきました。
1935年、アベディス3世の息子であるアーマンドに秘伝を伝承しました。

1940、50年代頃から様々な有名ドラマーがジルジャンシンバルを使い始め、アベディス3世の指導の下、息子アーマンドは当時のトップ・ドラマー達との親交を深め、ドラマーと一緒になって、ニュー・サウンドの研究をしていきました。
Aジルジャンが着々と成功を収めるなか、トルコ工場のKジルジャンも、ジャズ向けのシンバルを作り始め、この頃のシンバルは「トルコK」「オールドK」と呼ばれています。(ちなみに、後にIstanbul社を設立するAgop TomurcukとMehmet Tamdegerはこの頃の職人。)
何と!この様な「アーティストリレーション」を最初に行ったのは、何を隠そうアーマンド・ジルジャン氏その人なのです!
この当時、アメリカ工場では年間7万枚のシンバルを生産していたそうです。

また1964年2月9日に、当時アメリカの大人気TVショーだった「エド・サリヴァン・ショー」にビートルズが出演したのをきっかけに、年間7万枚の生産量だったジルジャン社でしたが、何と!9万枚というバックオーダーが入り大成功を収めました。
ちなみに、ルイ・ベルソンから「よりチックサウンドが欲しい」との要望があり、ウェイトの厚いボトムに薄いトップを合わせたNew Beat Hihatsが誕生し、そのハイハットをリンゴ・スターが使用したことにより、現在でも世界的なベストセラーシンバルとしてその名を馳せています。
同時期にカナダに工場を設立し、Kジルジャンを製作、一部の職人達がトルコ工場からカナダ工場へと移っていきました。
この時代に製造されたシンバルが、現在「カナダK」と呼ばれるものです。

アメリカのクインシーに在ったジルジャン工場は1972年にアベディス3世と息子アーマンドにより、よりシンバル生産量を増やすため、現在のノーウェルに工場を移しました。同時にジルジャン創設350周年を迎えます。

晩年のアベディス・ジルジャン3世

1976年当時のクレイギー・ジルジャン

1976年にアーマンドの娘のクレイギー・ジルジャン(現社長)もこの工場で働き始めます。

1977年に「アヴェディス・ジルジャン・カンパニー」としてアーマンドがジルジャン社のトップに就き、アメリカで企業として機能していきます。この頃にKジルジャンのトルコ工場は閉鎖してしまいます。
1979年にアベディス3世が亡くなり、その全権がアーマンドに渡りました。

この頃、アーマンドの弟であるロバートはアメリカ工場には残らず、「Zildjian」の名前を使わないことを条件に、カナダの工場を継ぐ事になります。
1982年から「SABIAN」としてシンバル製造を行っているのは余りにも有名な話。
ちなみに、SABIAN(セイビアン)という名は、ロバートの子どもの名前の最初の2文字("Sa"lly、"Bi"ll、"An"dy)の組み合わせが由来です。
(現在SABIANの社長は末息子のAndy Zildjianに引き継がれており、会長となったロバートは2013年に亡くなりました)

1980年以降にはシンバル製造のオートメーション(機会の導入)化に力を注ぎ、同時にトルコで作られていたKジルジャンを資料として集めてそれをもとにアメリカ工場でKジルジャンをリニューアルしました。

1986年にジルジャン社から始まったアーティストリレーション専用のオフィスを、アーマンドの息子であるラブ・ジルジャンがロサンゼルス・カリフォルニアに開設しました。
1988年から、シンバルだけではなくドラムスティックビジネスにも手をかけることになります。

1990年代初期に入るころ、ヴィニー・カリウタとアーマンドが数多くのドラマーと意見を交わし、「もう少しソフトでブライトなAジルジャンを、、、」こうして開発されたのがAカスタム・シリーズとなりました。

1994年以降はドラマーを表彰する「アメリカン・ドラマーズ・アチーヴメント・アウォーズ」をジルジャン社が定期的に行いはじめました。
ロイ・ヘインズ、エルビン・ジョーンズ、ルイ・ベルソン、マックス・ローチ、2003年にはスティーヴ・ガット、2008年にはイギリスで開催されジンジャー・ベーカーが表彰されています。

1999年、アーマンドの長女であるクレイギー・ジルジャンが女性としてはじめての社長に就任。また、クレイギーの妹でアーマンドの次女デビー・ジルジャンは人事担当副社長となりました。
その後、会長アーマンド・ジルジャンが、2002年12月26日にアリゾナ州スコットデイルの自宅で死去。享年81歳。

創設380年を迎え、2003年より開発が始まり2006年に発売された、神保彰プロデュース「Kカスタム・ハイブリッド・シリーズ」が登場。

2011年には新ブランドとして「Gen16」を立ち上げ、2012年にはAカスタム誕生から20周年を迎え、アニバーサリーライドが限定発売されました。

2013年、ジルジャン社創業390年を迎えポール・フランシス氏を中心とし「Re-designed New A Zildjian」サウンドレガシーをコンセプトにAジルジャンをマイナーチェンジ。

2014年にはK.Zildjianの生みの親、“KEROPE(ケロップ)”の名を冠した、ヴィンテージ・ルックス&サウンドの「K Keropeシリーズ」を発表。こちらもポール氏を中心に3年間の構想を経て誕生したモデル。背景にはヴィンテージサウンドの要望がミュージシャンから多かったためとのこと。
ちなみにこちらのモデルは一部にハンドハンマード処理を施すなど実に14工程にも及ぶ製造工程を経て生産されます。

約400年の歴史あるジルジャン社、最先端を行きながらその深い歴史をはらんだ世界一のシンバルメーカーです!
その伝統を受け継いだシンバル製造工場に入れるなんて!ドラマーなら夢にまで見た瞬間と言えます!

2日目・現地時間10月27日11:05

レッツ!工場内へ!

※工場内は撮影不可です。

シンバルの元となるインゴットを製作する「Melting room」は、シャッターが八分の二程しか開いておらず、一族の限定された人間のみ入室が許されている、現在は選ばれた4人しか入れない超極秘の部屋。(ポール氏やアンディ氏も入室はできないそうです)
その秘密の部屋で錬金され製作された「インゴット」。この時点で既に良い音が鳴るようにしているとのこと。

インゴット・・・銅80%・錫20%・銀微量を調合し作製される厚さ3センチ・直径20~30センチ程の歪な円盤。
(ZHTシリーズ:銅88%・錫12%、ZBTシリーズ:銅92%・錫8%)

ある程度オーダーを受けてからインゴット作成。(以前はストックしていたが品質問題等で現在はオーダーメイドのみ)
ウェイトや大きさごとにスプラッシュ(約1キロ前後)やライド(約4.5キロ前後)に分ける作業が行われます。

作られたキャストはロータリーオーブンと呼ばれる巨大な釜の中にベルトコンベヤー式で投入されます。

均一にするため内部で回転しながら熱をかけていきガスで約30分、真っ赤になるまで熱する。
未可動時でも常時500度以上を保ち、可動時は最高1500度まで上がり約900度でシンバルを熱する。(現在オーブンは2機あり、うち1機は5年前に最新ものを導入したとか)

熱いうちに巨大ローラーへ掛け均一に伸ばしていく。(温度が下がった状態でのローラー掛けは後々の強度に不安が残るため高温のうちに行う)
↓ 冷やす(自然冷却)
シンバル中心部に「×印」をチョークで付ける。(センターホールの印)
チョークを使用するのは高温でも消えず熱反応しないため。黒く形も歪なこの状態のシンバルを「ブランク」と呼び脆く割れやすい。
(実際にポールさんが目の前で地面にたたき付け粉砕!実演していただき「この瞬間のポールが一番好きだ」とアンディさんがジョークを言っていました)

再度オーブンで熱する。

熱して冷やす工程を12回繰り返します。(コンスタンチノープル・シリーズは14、5回行うとのこと)
最終的に熱したのちに水で急激に冷却することにより強度が増していきます。まだこの段階では非常に柔らかく柔軟で手でも曲がる程。
※オーブンからローラー、ローラーからオーブンに移す作業は全自動ではなく人力で行われ、この段階でも人の目(経験のある職人)によるチェックを行なっています。

【カップの整形】

金属板をシンバル形の溝に合せる機械にかけます。
上部からプレスし成型、チョークで付けた「×印」を目安に中心に穴開けを施します。

【円形にカット】

後の加工のために淵を2インチ位大きめに残し真円にくりぬく。この時点で表面はまだ真っ黒のままです。(切れ端は再度熱して再利用します)

ここからは熱したりはしないため「コールドワーク」と言う作業工程に入ります

【バックベンディング】

専用機械で強制的にひっくり返してまた元に戻すという作業を繰り返し行います、この作業を行うことにより形を安定させます。
行なわないと段々平らな形に戻ってしまうそうです。(回数はシンバルの大きさや重みによって変わります)

その後、82トンもかかる圧力機でプレスし、強度を増し最終的な形に整えていきます。

【ハンマリング(ロータリーハンマリング)】

Aジルジャン・シリーズのハンマリングは、専用機械で均一に施されます。
ランダムなハンマリングはKジルジャン・シリーズに施されダークなサウンドに仕上がります。
この段階でサウンドチェックしながら作業を行います。(チェックの目安はミュート感がある状態が正しいのだそうです)
また、Kコンスタンチノープル・シリーズ専用の最新機械をここ近年導入したそうです。前途したAジル・Kジルのハンマリングマシーンの真向かいにある小型ユンボ程の大きさの機械でした。(残念ながら可動しておりませんでしたが。。。なんと7500万円だそうです!)
元来、ハンドハンマリングと呼ばれる職人自らが金槌をふるってシンバル表面を叩くことにより、そのシンバルの持つ響きを調整、音楽的なサウンドに作り込む作業なのですが、 現行ジルジャンシンバルのハンマリングはその殆どが機械で行われるマシンハンマリングです。
所定の位置にシンバルを配置すると、固定されたシンバルが打ち下ろされるハンマーに合わせて少しづつ位置をずらしながら粛々と作業が進みます。打たれた跡が、見慣れたあの丸いハンマー痕に変わっていくのに感動をおぼえつつも、ハンマリングの工程自体が、想像よりも大きな音がしないのが大変意外でした。

シンバル表面を削る旋盤加工【レイジング】

シェイビングとも呼ばれシンバルの裏側から削っていきます(チャイナシンバルのみ表側から削るそうです)
高速でシンバルを回転させ少しづつ刃の先を当てていくと、真っ黒だった表面から地の色が現れ、一気に私たちが普段見慣れているシンバルの姿となります。
ほとんどオートメーションの進んでいるジルジャン工場のなかでも、まさに熟練した職人の仕事といった印象でした。
製品として世に出されるものを任されるには、少なくても3年以上は修行を積まないとならず、コンスタンチノープル・シリーズにいたっては、必ずベテランの職人が請け負うそうです。
表面を削るだけではなく、製品のウェイトの調整や、押し付ける圧力によってボウ部分の反り具合なども最終的に決定されます。
※後にウェーブをかけるためマスターサウンド・ハイハットのボトムはエッジを削りません。

ZHTZBTシリーズ(シートシンバル)は「シートディスク」と呼ばれるフラットな形状のもとを、全て専用機で回転させながら加工し形成していきます。
(エントリーモデルとしてコスト削減に貢献しています)

また、GEN16シリーズやEFXのホールカットは、別会社に依頼してレーザーカットしているそうです。機械はジルジャン社が所有しているとのこと。

【最終工程】

この時点でまだギザギザのエッジ部をきれいに削ります。
Acustomなどのブリリアントのシリーズはバフ掛けの工程を行います。
指紋等の付着をしづらくするためにシンバルを吊るした状態で酸化防止のウレタンを水に溶いたものを表面にスプレーします。
ここまでの工程を経てやっと製品としてのクオリティーとなります。

【防音室でサウンドチェック】

我々が伺った際は早番のリオンさんというベテラン職人がチェックを行っていました。
(他にも「ジェフさん」「ジェイさん」という方がチェックを行うそうです)
方法は、基準になるシンバル「Tuner(チューナー)」と、最低限許される固体差「Standard(スタンダード)」の2枚のサウンドの範囲内で作られているかを確認していきます。(ダークとブライトの2音色、ハイとロウの間のサウンドでチェックする)
最低でも4年以上繰り返し作業に従事した者がチューナーになれる条件だそうです。

この部屋ではプロトタイプのチェックも行なわれています。
オリエンタル・シリーズのEFXや、カップ形状が四角や五角形といったユニークなモデルが確認できました。(製品化されるかも。。。)

【ロゴスタンプ刻印】

ブランドロゴと商品名をスタンプし、一枚一枚手作業で機械に入れていき、青白い閃光を放ちながらレーザーエッチングで刻印を施していきます。(この時裏面にバーコードシールも貼られます)
ちなみにこの工程でもシートシンバルは、同じ室内にある機械でオートメーションで行なわれます。

【完成】

前途した全工程を経たシンバル達は、袋詰め・箱詰めされてセントルイスの専用倉庫に送られ世界各地へと送り届けられていきます。


12:20 / 見学終了
ちなみに、日々の作業は一日約100人体制で可動しており、5:00~15:00が早番、15:00~24:00頃までが遅番とのこと。
給与も高収入らしく、歴が長いほど待遇が良いそうです。(ここで働きたいっす。。。)

クレイギー社長のみ入室できる
ヴィンテージ・ストックルーム

12:30 / ランチタイム
1920、30、40、50年台のシンバルを保管している「ヴィンテージ・シンバルストックルーム」は、約10,000枚あって、クレイギー社長しか鍵を持っていないのだとか。
何でもジルジャン一族のプライベートストックであり、「ジャパニーズ・スコッチを持って来たら、入れてくれるかもよ」とポール氏が仰っていました。(次回は是非ジャパニーズ・スコッチを持ち込んでみましょう!)

12:50
クレイギー社長も加わり、昼食をとりながら質疑応答が始まった(アメリカ流なのでしょうか)
Acusotomシリーズが世界で一番売れている事、特に18インチクラッシュの需要が高い事。ZBTシリーズも中国を中心に売れているみたいです。
今後、日本の販売展開としては「サウンドラボではないが、リミテッドエディション(限定品)を出していく」とアンディ氏が仰っていました。

シンバルを見つめる近藤

Kケロップ20インチを選定する山田

13:30 / 昼食&ミーティング終了

13:55

シンバル選定会開始!


15:15
全てポール氏がハンマリングしたプロトタイプが持ち込まれ、販売会が開始!ドラムステーションも数枚プロトタイプをゲット!

プロトタイプを含む選定品の一部がこれだ!

ポールさんプロトタイプを提供していただき感謝!!




16:15
終了

最後に、、、
このような経験をさせていただきまして関係者の皆様、取引先ヤマハ・ミュージック・ジャパンの方々、留守を預かっていただいたドラムステーションスタッフ、そしてそして、いつもドラムステーションをご利用いただいているお客様、本当にありがとうございました!!感謝の気持ちでいっぱいでございます!

この経験を生かして、ますます面白い品揃えを目指し励んで参りますので今後も是非!ドラムステーションにご期待いただければ幸いです。
以上!ドラムステーション山田、近藤によるジルジャンファクトリーツアー潜入レポートでした!!
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